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2009年 11月 12日

オルサラ村に帰る 2     トマトソースのある村

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人は、あたりまえに自分の脇に”ちょこん”といつもあることには、
もはやそれが、大切なもの、とか、貴重なもの、なんて、思わないもの。

オルサラ村の、ほとんどの家の、うすぐらい食料部屋には、
夏に作った手作りのトマトソースが、ラムネ色のすらりとした瓶に入れられて
あたりまえに ”ちょこん”と並べてある。

イタリアでも、特に都会では、手作りのトマトソースを1年中食べている人なんて、
そうそういるわけでもなく、

この”ちょこん”は、実は、なかなか貴重なんだ、と
あちこちの地方を、あちこちの家をまわったあと、
ようやっと気がついた。

今日はオルサラ村のトマトソース作りの1日・・・







トマトソースを作る


トマトソース作りは、大重労働、というわけでもないけれど、
決して、「そうだ、トマトソースを作ろう!」 と
思い立ったが、吉日、というほどの軽い労働なわけでもない。

必要なのは、

ガレージのような、床が汚れてもいいような広い空間と、
大きな鍋と大きなコンロ、
ぐつぐつ真っ赤に煮えたぎる、地獄谷の大鍋の、暑さをちょっとがまんする1日。

そして、みんなの根底にあるのは、

”買ったトマトソースなんて、食べれないわよ”という
ピュアな味に慣れた本物の舌なのだ。


でも、もっと素敵なことは、
1年分のトマトソース作りは、1人じゃあ、絶対にできないこと。

娘とか、孫とか、近所の幼馴染みとか、
とにかく、「今日は、トマトソース作りの日」と決まったら、
みんな朝から総出、ちょっとしたイベントの1日になる。


ジュゼッピーナのトマトソース作りの1日

前日に、大量のトマトのへたをとったり、大鍋や、大杓子を上の倉庫から下ろして洗ったり・・・

ジュゼッピーナと一緒に、こうした準備をしながら、
日本から遠いオルサラ村で、
小さいころ、年末家でついていた
日本のもちつきの前夜を思い出す。

こうして準備万端のジュゼッピーナのトマトソース作りは、

20代の孫のシモーナが、手となり足となり働いて、
朝早くから、すべては、順調。

口の悪いジュゼッピーナ司令官にも、
さすが、孫とあって、もう慣れたもの。

適当にあしらいつつ、力仕事の部分は、若きシモーナが率先して働く。

幼馴染のマリアもやってきて、手伝うというより、
けっこうメインでしっかりと働く。

このマリア、
朝からサングラスをしっかりつけているので、
大鍋からの煮えたぎる湯気よけかしら?
相当気合はいってるわ、と思いきや、
単なるアレルギーで、今日は涙が止まらないかららしい。

でも、このマリア、

どすの利いた声で、ニコリともしないで、しゃべる。
サングラスも妙に似合って、、オルサラのちょいわるシニョーラといった感じ。

なかなかの迫力なのだ。


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くるくる働く若き孫のシモーナと、
そして、この道ウン十年の、マリアのおかげもあって、
ジュゼッピーナの1年分のトマトソース作りは、お昼には、終わって、

ともかくいろいろ洗いまくって、
ともかくいろいろ乾かして、

それぞれ家に帰ってお昼ごはん。

夕方になると、当然のように、またこのマリアが、相変わらずサングラス姿で家にやってきて、
今度は、プチトマト入りのトマトソースの保存食作りをやりはじめる。

当然のように。
まるで、自分の家の保存食を作るように。

潰したプチトマトが入った瓶に、
今日作ったフレッシュなトマトソースを注いでいく。

意外にも、ジュゼッピーナが、お手伝いにまわっているのだ。

「あんた、あたしに日当払わなくっちゃね」 

ことあるごとに、この台詞を繰り返し、
「いっつもこればっかいってんのよ」 と私にジュゼッピーナがにこにこする。

「あんた、あたしに日当払ってよね」
「わかったわかった」

実は、これが、彼ら流の冗談なのだ。
彼ら流の親密感の表現といおうか・・・。

「日当高いわよ」
「まーた言ってるわよ」


こんな風に、オルサラ村の夏のトマトソース作りの一日が終わって、

1年分のおいしさのもとになるこのトマトソースの瓶たちは、
一晩毛布の中で、大事に大事にゆっくり休んで、
その後、サラミや、ワインと一緒に、ひんやりと薄暗い食料貯蔵庫へ。

来年の

「あんた日当払ってよね」 が聞こえるまでは、
もう何にも考えなくていいのだ。


でも、来年のそのころは、
孫のシモーナの結婚式。

そして、その後は、フィアンセの住むミラノにいってしまう。

でも・・・

それはまだまだ先の話。
このトマトソースが、食べ終わるころ、考えればいい話なのだ。

”ちょこん”とあたりまえのように脇にいたシモーナがいなくなるなんて、
まだ誰も考えたくないだろうから。




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by andosachi | 2009-11-12 17:08 | プーリアの日々


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