イタリア料理スローフード生活

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2007年 11月 22日

フォッジャ駅の待合室で

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    すっかり収穫されて、紅葉した葉だけがのこるオルサラ村のブドウ畑。
         霧のあけた朝のオルサラ村の重たい秋の空。
        朝7時のバスに乗って、この風景を後にしました。


オルサラ村の人の悩み 

「チャオ」 

さらに北にいく用事があったため、この日、朝早くバスでオルサラ村を出発。  
フォッジャ駅につくと、自分の電車まで、1時間半待ち。
駅の、バールで、カフェラッテを飲み、薄ら寒いがらーんとした待合室に、入ると、 
さっき、バスで、オルサラ村から一緒に乗った青年が、やはりぽつんと、電車待ち。

「チャオ」

軽くあいさつをして、腰をおろし、本を読み出すと、
彼が、話しかける。

「昨日、トウッティ・イ・サンティの祭りで、君のことみたよ。
僕たちは、すぐとなりのガレージで、飲んでたんだよ」

         



「あ?そうだった?私もそこにいったよ、大鍋に、おいしいサングリアがあったところだよね。
でも、危険な酔っ払いがたくさんいたから、逃げてきたんだよ」 

二人で、ははは、と笑う。

「夏にペッペのところで研修していて、
オルサラが気に入ったから、また遊びにきたんだ」  軽く自己紹介すると

「ぼくは、オルサラにふだんはいないんだ。
ブレーシャ(ミラノよりさらに北の街)で働いているんだよ。」

「ブレーシャの生活は、こことずいぶん違う?」

「全然違うよ。みんな週末しか、出歩いたりしないし。
ここみたいに、気軽に家に呼んだりしないし。」

「オルサラの生活は、とっても豊かだよね。
野菜もオリーブオイルも、トマトソースも、ワインも、パスタも
みんな家で手作りしてるし、人はのんびりしてて、親切だし。
あなたのお父さんも、畑もってる?」

「うん。ペッペのレストランの前の畑は、ぼくんちのだよ。
僕も、オルサラに帰りたいんだけど、仕事がないからね」

「ブレーシャで何の仕事しているの?」

「フィアットで働いてるんだ。」

「トランペット吹きのルチアーノ知ってる?
私がいたころ、ペッペのところでも、ちょっと働いてた・・。

彼も村を出て行って、フィアットで働いているよ、ボローニャだけど。
彼は、ボローニャの生活がすごく気に入っちゃって、毎晩のように、
ディスコにいったりしてるって。そのまま朝、仕事にいったりもするんだって。
もうオルサラには、戻らないっていってたよ。まあ、そんな生活、長くは続かないだろうけど」

「だいいち、お金が続かないよ」

「フィアットが、アパートも、用意してくれるの?」

「まさか!自腹だよ。」

「ブレーシャって、家賃いくらくらい?」

「ボクのところは、ワンルームで、400ユーロ (66000円くらい)。
そこから、電気、ガス、水道代払ったら、手元に全然残らないよ。
オルサラに戻って、家から通えれば、貯金もできる。
今日も、これから、バーリ (フォッジャから、電車で2時間ほどの街)に
仕事の面接に行くんだ。」

「緊張する?」

「うん、昨日の夜、眠れなかった」

ちょっと はにかんでにっこり笑う。
ごくごく普通の20代の彼。


夏の間、たくさんのオルサラ村の人が、里帰りしていたっけ。
ほとんどは、トリノ、ミラノへ仕事のために村から出て行った人たち。
小さな村の問題は、やっぱり仕事。


私の電車の時間になり、

「そろそろホームにいくね。 あ、名前聞いてなかった、」

彼も、あ、ほんとだ、というふうに笑って、
いまさらだけど、というふうに、あわてて手をさしだす。

「フェデーレだよ。」

「フェデーレ、えっと、さよなら、そして・・・・えっと」

イン・ボッカ・アル・ルーポ だよ。 
こういうとき、イタリアでは、イン・ボッカ・アル・ルーポっていうんだよ。
そして、ぼくは、クレピ・イル・ルーポ って答えるんだ」

そうだったー!!

試験を受ける人に使われるイタリア語で、
日本語で 「がんばってね」の意のこのことば。
その昔、日本でイタリア語を勉強していたころに出てきて、
なんて、面白いんだろう、と思いつつ、イタリアに来たら、なかなか使う機会がなかった。

今こそ、このときだったのだー! と激しく悔やまれる。

冷たくなった手をさしだし、握手をして、
バーリ行きの電車を待つフェデーレ君を、待合室に残し、
私は、寒いホームへと急ぐ。

電車の中でフェデーレ君のことをまた考える。

自分の村に根っこと愛着をもち、そこで暮らしたいというフェデーレ君、
いつか、オルサラ村に帰ってこれるといいのだけれど。
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by andosachi | 2007-11-22 15:50 | プーリアの日々


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