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2007年 12月 10日

映画 ”I vicere'(イ・ヴィチェレ) "ーシチリア貴族の物語

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                現在イタリアで公開中の ”I vicere' "
      100年以上昔に シチリア・カターニアに実在した貴族、ウゼダ家
     激しい人間模様を軸に、イタリアの歴史をからめて描かれたこの作品。

久々に、何度でもみたくなる見ごたえのある映画を見ました。






ヴィスコンティも映画化できなかった ”I vicere' (イ・ヴィチェレ)" ついに映画化

この映画 ”イ・ヴィチェレ” は、
ナポリ出身で、その後カターニアで、一生を終えた作家、
フェデリコ・デ・ロベルトの同名の小説が、原作。

今から、100年以上も前の
1894年に、出版されたものの、当時カトリック教会の非難を浴び、
批評家からも、酷評を受け、世間には、受け入れられませんでした。

1950年代になって、
ルキノ・ヴィスコンティロッセリーニ監督はじめ、
多くの監督が、映画化を望んでいたものの、その当時もまだ、
教会、政界からの批判が強く、実現不可能。

デ・ロベルトの執筆から、113年たった今、
ようやく、ロベルト・ファエンツア監督により、映画化、
イタリアで、話題を呼びました。


物語(ネタ割れなしです。これから見る人も安心。)

舞台は、シチリア、カターニア。
1850年、イタリアが、現在のように、ひとつの国でなかった当時、
シチリアは、最後の占領者になる、ピエモンテーゼ(北イタリア)によって支配されていました。


カターニアで、一番の権力と財力を誇る大貴族、ウゼダ家。
結果的にこの一家の最後の継承者となった、
ウゼダ家の長男、コンサルボの目を通して語られる、
家族内の陰謀と欲望、家族内の不倫や謎、苦悩、情熱・・・・・。

母から教わった大切なことは、”人を憎むこと”という父。
狂信的に宗教を信じ、強欲なこの父から、愛情なく、厳しく育てられるコンサルボ

修道院に無理矢理いれられ、
そこで見たのは、やはり、カトリックの高僧たちの、欲にまみれた生活。

支配し続けた父から教わったことは、
人に支配されずに、自由に生きるのに必要なのは、”権力”がすべてだ、ということ。

そして、今でも、残るシチリアの掟、
事実を語ることは、高くつく”。


イタリアが、ガリバルディに統一され、共和制がはじまり、
貴族が衰退しはじめた激動の時代。

父から、譲り受けた、莫大な財産と、自ら築いた権力を使って、
ウゼダ家、最後の後継者としてこの時代を生きた
実在の人物、コンサルボの人生。

味のある個性的な見ごたえのある俳優たち、
美しい衣装のおかげで、ワンシーン、ワンシーンが、
一枚の絵画を見るようなカット。

そして、何よりも、迫力があるのは、
現在も、カターニアの街の中心に残る、ウゼダ家が住んでいた屋敷を使い、
1800年の建築物がそのまま残るカターニアの街のあちこちで
実際に撮影されたことが、
映画を、よりいっそう見ごたえのあるものにしています。



そして、100年以上たった現在も・・・


そして、修道院の内部の現実を赤裸々に描いたことで、
現代も、バチカンからの非難を浴びたこの映画。

監督、ロベルト・ファエンツアは、
ラジオ・バチカーノ(バチカンの公共ラジオ放送)に出演し、
なんともすばらしい釈明をしています。


” 私は、「太陽の空に」 というプリージ司祭の映画も撮っています。

(注:プリージ司祭は、パレルモ出身の反マフィアの司祭。
2つのマフィアの大ファミリーを和解させ、パレルモの貧しい地区に、
子供たちの家を作り、盗むことでなく、勉強したり、遊んだりすることを教えた。

しかし、その家を作った、たった8ヵ月後の1993年、9月15日、くしくも、
56歳の誕生日に、マフィアによって、殺害。その後、子供の家の扉は、何者かによって、杭が打たれて閉鎖。もはや、誰も使えないようになっていた。)

反カトリックの映画をとるなんてことは、絶対にしません。
映画の中には、カターニアのベネデッティーニ修道院の問題点も、
多少描いていたかもしれません。

でも、これは、当時の、修道士の中には
神からの招命を受けて修道院に入ったのではなく、
便宜上、ご都合主義のために、入れられた人がいたことを、描いたからです。

(当時、金持ちの2番目の息子や、不良息子は、修道院に入れられた)

この、ご都合主義というのは、映画のはじめからおわりまで、流れています。

映画の中に、反カトリックなんて、まったく見られません。
むしろ、宗教の反対側にある現実を見る機会になるといえるでしょう。 ”


「人間」の真実を描いたことで、カトリック批判ととられては、
作品を生み出すことは、できない、
しかし、イタリアで、バチカンを敵にまわして、何もいいことは、ない。

中庸をいき、うまい釈明の仕方だなあ、と感心しました。


映画を見終わって、映画の舞台を歩く

夜映画を見終わって、
古い映画館を出て、カターニアの街を歩くと、

「あ、ここは、コンサルボが演説してたところ」
「あ、ここは、コンサルボがおじさんとお茶を飲んでたところ」

1850年代とは大きく違う、2007年の喧騒の中とはいえ、
そんふうに、150年もの街並みが、今も味わえるのは、
イタリアのぜいたくなところ。

日本で公開されるのは、いつかはわからないけれど、
もし、公開されたら、おすすめのイタリア映画です。

次回は、1850年にタイムスリップし、
映画の中で撮影された、カターニアの街を紹介します。


                *****

”I vicere' (イ・ヴィチェレ)のオフィシャルサイトはこちら。

注; タイトルの ”I Vicere’” は、イタリア語で、直訳すると、「総督たち」 という意味ですが、
   この場合、ウゼダ家の愛称であったようです。
   つまり、「ウゼダ家の人々たち」 というような意味でしょうか?
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by andosachi | 2007-12-10 04:34 | イタリア映画


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