イタリア料理スローフード生活

andosachi.exblog.jp
ブログトップ
2008年 04月 03日

寝台列車

d0131616_0201150.jpg

シチリア島の玄関、メッシーナ。
ローマから出た寝台列車を、電車ごと船に乗せて海を渡ります。

朝日がなぜかエドワード・ホッパーの絵を思い出させて。
でも、窓を開ければ、あるのはNYの都会の風ではなく、
いつものごとく、おしげもなく太陽をたっぷり浴びた、
シチリアの春の風。


9時間の出会い

「ブラインド開けていいかしら?」

ローマ・テルミニ駅21時。
日本から夕方ローマに着いて、そのまま寝台列車に乗って、シチリアへ。
4人部屋の寝台車のベッドに、1人ぽつんと座っていると、
カスタード色のくしゃくしゃっとした髪をまとめた、小柄な女性が、入ってきて窓に近寄ります。

「もちろんどうぞ」 答えると、

女性は、私の前を横切り、白いブラインドをサーッと開けると、
ホームにいた、見送ってくれたらしい男性に、手振りで話す。

「もう家に帰って。大丈夫だから。帰って。」

男性は、一瞬迷ったような素振りをして、
でも、笑って彼女に手を振ると、私たちの窓の視界から、いなくなり、

「ありがとう」 私に言って、またブラインドを下ろす彼女。

なんとなく、話はじめて、聞けば、オペラの声楽の先生で、
毎週2回、ローマから、シチリアのメッシーナの音楽学校まで、
教えにいっているとのこと。

「夜、この寝台列車で行って、朝着くでしょう?
その日、日中、教えて、また夜の寝台で帰ってくるのよ」

それを週2回?ハードそう・・思ったものの、彼女は慣れているのか、
「そうでもないわ」

「日本にも、もし呼んでくれたら、ぜひ行きたいわ。
4月には、北朝鮮にも教えに行くのよ」

「北朝鮮!?」 驚く私。

「日本人が、いまだに、たくさん拉致されているんですよ」
「ドキュメンタリーで見たわ。あの国は、pazzo (きち**)よね。 
友達にも私が帰ってこなかったら探してね、って行っといたわ。」 

「まあ、でも、きっと政府が、見せたいところしか見せないでしょうからね。」 と私。
「何か聞いたり見たりしないで、おとなーしく黙ってるから、大丈夫。
大事なのは、ちゃんと支払いしてくれること。
あの国は、生徒が国の外に出られないから、先生を自分の国に呼ぶのよ。」

なるほどね。

 
なぜか、すっと自分の身の上話ができたり、
違和を感じない自然な空気を持っている人で、
もっと話たかったけれど、

実際の私のカラダは、ほとんど寝ないで、もう朝の5時。
眠さに耐え切れず、そうそうに横になる。

ふと、暗闇の中で、ごそごそ支度をする彼女の音で、目が覚める。
朝、6時。メッシーナだ。

「ボンジョルノ(おはよう)」

ベッドの上で目を覚ました私に気がついて、小声で声をかけてくれる。

電車がガタンと止まって、

「それじゃ。 あなたの幸運を祈っているわ。 何事も、強くね。」
「ありがとう。よい旅を。
くれぐれも、北朝鮮では、おとなしく静かにしていてくださいね」

ベッドからそう言うと、彼女も笑う。

そういえば、名前を聞いてなかったな。
9時間の出会いだったけれど、
そして、背中は、相変わらず痛いけれど、
寝台列車の狭い空間は、ときどき、とても暖かい余韻を残してくれる。


d0131616_1355360.jpg

         窓に張りついて海をみるスリランカ人の子供たち。

そして、メッシーナをでた直後、列車の故障で、
びくとも、動かなくなった値上がり続きのイタリアの国鉄。
遅れること1時間半、カターニアに到着。

早々に、
”イタリアのお約束”を体験して、
再び、背中をさすったのでした。

ナカナカ長い旅の終わり。
[PR]

by andosachi | 2008-04-03 00:22 | シチリアの生活


<< 体にウイルス、コンピューターに...      桜の咲くころ >>