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2009年 01月 19日

遅くても 速くても

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” あなたからの手紙をもらい、とてもうれしく思います。
  私たちは、変わらずここにいます ”



空気がくっきり冷たい冬のある日、郵便箱に届いたシンプルなグレーの薄い封筒。

”あ、トスカーナのジュリアからだ”

その時、後ろで、カタン・・・とジュリアの機(はた)の音がしたような気がしました。






思いをはせる空間があること

世界中の情報が瞬時に手に入る2009年のこの時代、
文通”という言葉は、もはや死語に近いことは、間違いないけれど、
"滅亡”もしていないんじゃないか、と思う。

ここにも、一人。 文通好き。


私にとって、”文通”と ”旅”は、同義語で、
気ままな一人旅で知り合った遠い国の人たちと
今でもつながっているのは、滅亡しかかっている、この”文通” のおかげ。

大好きな小説、「嵐が丘」。
イギリスの作家、エミリーブロンテによって書かれたこの小説の舞台になった
イギリス中部、ハワースを訪れたとき、
偶然知り合った北アイルランドのシェーラとは、
もう12年間も、”文通” 友達。 
彼女は、多分、もう70に近いはず。

年月と、彼女の文面の暖かさが
もう他人ではなく、家族の一人のように感じさせる。


もちろん、ハイテクの恩恵も十分味わっていて、
最近は、イタリアの友達とは、よくスカイプで話す。

シチリアの友達と話しているとき、
中北部のエミリア・ロマーニャの友人が割り込んできたりして、
日本にいる私と、3人。

いったいどれだけ便利な世の中になったんだ?
頭のいい発明者もいるもんだ、と
自分でやっていながら、他人事のように、
インターネットを切ったあとに、
静かになった自分の部屋で、ひとり目をぱちくりさせる。

それでも、

中の手紙を切らないように、慎重に封筒のはしを切り、
小さな文字がにょろにょろつながる便箋をとりだし、
小さな子供が、教科書を読むように、
ゆっくりつかえながら、中の手紙を探り読みする、この時は、
まっすぐに、その人とつながる時。

不思議なことに、ウェッブカメラ以上に近い距離で。
物理的には、ただの紙切れと、インクとのご対面のはずなのに。


”今年の冬は、雨が多く、憂鬱でした。
散歩もあまりしませんでした。
でも、今日は、天気もよく、地面が乾くのをまって、
キャベツの種を植えましょう。”


ジュリアの手紙から、
トスカーナの森の中のジュリアの家、
薄暗いオレンジの灯りのキッチン、
2階にあった、古いこげ茶の、グランドピアノを思わせる大きな機織機が
思い出され、

1枚の便箋から、
風景が蘇り、
心に、心地よい静けさが漂います。

ふか緑の深遠な湖に落とされた、小さな石の波紋が、
ゆっくり大きく広がっていくように。

メールもスカイプも、本当に便利だけれど、
こんな湖の波紋を心に感じることは、やっぱり難しい。

たぶん、手紙には、
” 思いをはせる ” という空間があるせいでしょう。


それは、手紙の紙の上の行間であったり、
書く人が、机に向かった時間であったり、
小さな紙切れが、遠く旅した距離であったり、

今の時代には、ずいぶんとのんびりした行程が、
”思いをはせる” ・・・そんな空間をつくるのでしょう。

そして、それは、なんと贅沢な時間であることか。



ゆっくりでも、速くても、

大切なのは、伝えること。

あなたとつながっていたい、ということを
ゆっくりでも、速くても、
伝えていけたら、

そして、そう思える人がいることは、
けっこう幸せな人生なんじゃないか、と思います。

私の2009年のテーマのひとつは、
伝えること。

ときには、ゆっくり、
ときには、ハイテクの速さで。

よくも悪くも、
そんな時代に住んでいて、

選択できる時代に生まれた贅沢に感謝して。
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by andosachi | 2009-01-19 21:57 | 日本から


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