イタリア料理スローフード生活

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カテゴリ:シチリアの生活( 14 )


2008年 07月 04日

シチリアの光と影

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                シチリアの焦げ付くような太陽がつくる影模様。
                     アチレアーレの公園で。
        


ジャン・カルロ

「誰からの電話だった?」

市場からの帰り道。

まだ午前中だというのに、
容赦なく照りつける 強い日差しを
野菜やら果物やらをぶら下げた両手に、じりじりと感じながら、
携帯をきったばかりの、友達に聞く。

「アルベルトから。
ジャン・カルロが、昨日自殺した」          

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by andosachi | 2008-07-04 10:17 | シチリアの生活
2008年 06月 05日

土に近い生活

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                オリーブオイルがなくなると
                   エトナ山の村まで。



"自分の心が喜ぶ瞬間を知っているものは、幸いである”

とは、自分でつくってときどき自分で唱える言葉。

ここ、エトナ山の村、ニコロージから
ワインやオリーブオイルを抱えて帰るときも、
心が喜ぶ瞬間。

大きな樽から、直接そそがれるワイン、オイル。
時間をかけて作ってくれた人たちとおしゃべりして、
次から次へと訪れるお客さんに、軽く挨拶して。


友達のエットレのお父さんに呼ばれて
シチリアの太陽が照りつける広い畑を一緒に歩く。

かごいっぱいに、
ズッキーニや、なすやら、トマト。

丹精こめて作られた野菜をもらって、
胸に抱えて帰る、こんなときも、

心が喜ぶ瞬間。


最近、こんな言葉に出会った。


自給自足という言葉の意味は、
"必要なものを自分で作って、満たされる"ことではなく、
"自然から給わり、足るを知る"ことじゃないだろうか。

自給自足の"自”それは、"自然とつながった自分”



ふっと心に落ちるものがあって、
”自然から給わる”なんて、素敵な日本語だな、とつくづく思った。

ふと気がつく。
自分の心が喜ぶ瞬間は、いつも土に近い距離にいるとき。

自然とつながった自分を感じられる瞬間。
そんな瞬間がたくさんある
生活が、人生が送れたらな、と思います。



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by andosachi | 2008-06-05 15:29 | シチリアの生活
2008年 05月 20日

さよなら、ドン・ミケーレ

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                にんにくが収穫される初夏。
       きれいに編まれたたくさんのにんにくが、市場に並びます。
         
     真ん中、目をつぶっているのが、若きころの八百屋のドン・ミケーレ
    「おーい、農家から、にんにく買ってきたから、みんな編むの手伝ってくれよ!」

ドン・ミケーレ、81歳

「ドン・ミケーレが死んだよ」

日本にいたころ、シチリアの友達が、電話の最後にぼそりと付けくわえた。

すぐに、
シチリアの老人がよくかぶっている、コッポラといわれるハンチング帽をかぶり、
ジャケットをきちんときて、こじんまりと野菜が並ぶ小さな店先に椅子をだして、
その中に、すっぽり入り込むように腰をおろし、世間をながめていた、
小柄な老人の姿が浮かんだ。

それが、八百屋のドン・ミケーレ。

シチリアにきてすぐ、その八百屋にいったとき、
「だんなさんがいけませんでしたね。」
残念です、そんな気持ちを伝えたくて、店にいた奥さんに言った。

白髪に黒い服。
小柄なドン・ミケーレよりさらに小柄な体。
奥さんの目に、おどろくほどの喪失感があった。

「古いものが逝かなけりゃ、新しいものが生まれてこないからね」

表情を変えずに、ちょっと人事みたいにいう。



「長年連れそった相手が、いなくなったんだもの。当たり前だよ」

家に帰って奥さんの様子を友達に伝えると、そんなふうにいう。
60年、それ以上?毎日一緒にくらした人が
ある日から、突然いなくなるって、どんな気持ちなんだろう?


ずいぶんたってから、また野菜を買いにいったとき、
店のはしっこに、ひっそりと飾られた、この古い写真に気がついて、

「もしかして、だんなさんの若いころですか?」 聞くと
「そうよ」 と奥さん。

「古いイタリア映画みたい」 じーっと見つめて私がいうと

「映画じゃないわよ、本物よ。
正真正銘のシチリア人たちよ。」

誇らしげに、きっぱりいって、にっこり笑う。

目の奥にあったグレーの喪失感が、だいぶ薄らいでいるように感じる。

ふと思った。

こうやって、人は、喪失を、受け止めていくんだ。
魔法や近道があるわけじゃない。

時間と受容。


「もう、ずいぶん、みんないなくなっちゃったけどね」
写真を見つめながら、奥さんがいう。

ドン・ミケーレもその一人。

古いものが逝かなければ、新しいものが生まれてこない。

そんな言葉に、必然を感じながらも、
心のどこかで、

この写真のように、
太陽が夏を思わせるこの季節、

街角で、友達総出で、笑って、しゃべって、おどけながら、にんにくを編む、
ドン・ミケーレの、そんな古き時代の喪失を受け入れることに、
残念な気持ちがつきまとう。

行商から商売をはじめたドン・ミケーレが逝って、

外国資本の郊外型巨大スーパーが、
雨後のたけのこのごとく進出しているカターニア。

もう、みんなを大声で呼んで
路上でにんにくを編むことも、

「古い写真」の中だけの話に・・・。
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by andosachi | 2008-05-20 05:51 | シチリアの生活
2008年 05月 15日

シチリアに、ジロディイタリアがやってきた

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          イタリアを横断する自転車レース、ジロディイタリア
              5年ぶりにシチリアにもやってきました。

第3タッパ(区間)は、カターニアから

弟が大の自転車好きで、
家でもよく一緒にレースのビデオを見ていました。

このジロディイタリア、
イタリア横断といっても、毎年、シチリアに来るわけではなく、
むしろ、予算やコースの都合から、シチリアにくるのは、めずらしいとのこと。

イタリアでこのレースを見たがっていた
弟のかわりに見に行くぞ、と家を出発。

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by andosachi | 2008-05-15 02:09 | シチリアの生活
2008年 05月 09日

イタリア式骨肉の争い

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                  お金は、中立というけれど、
             人々がその上にのせる感情から生まれる騒動は、
                    イタリアも日本も同じ?
                  

          
フランチェスコの訪問


「フランチェスコは、この家を買おうと思ったんだ。
でも、親戚が欲張りで、結局断念したんだよ」

カターニアの郊外を車で通ったとき、
友達が古い一軒の家を指差して言う。

フランチェスコは、彼の古くからの親友の一人。
のんびりやでマイペース、料理上手な平和主義。

「フランチェスコのおばあさんが亡くなったとき、
この古い家も、財産のひとつとして残したんだ。

孫のフランチェスコが、買いたいっていったら、
子供たち、つまりフランチェスコのおじさんやおばさんがたちが、欲張りなやつらでさ、
相場より高い、法外な値段をフランチェスコにふっかけてきたんだよ。
だから、結局、あきらめたんだ。」


そんな話をきいた翌日、昼間一人で家にいると、
そのフランチェスコが、突然ひょっこり尋ねてきた。

「カターニアに用があって、近所に寄ったから。」
細くて、小柄な体に、バイクのヘルメットを抱え、相変わらず平和そうな笑顔。

ひとしきり、外のベンチで、近況やら、料理の話をして、少しすると、

「今から、お母さんのところに行かなくっちゃ。彼女、最近疲れているんだ。」
「なんで?」 反射的にきくと、
「うーん・・・・」 
なんていったらいいのかな?どこから説明したらいいものか、
そんなふうに、空をみあげる。

「いろんなことで?」 別に説明しなくってもいいよサインを送ると、
「うん、そう、いろんなことで。 話せば長い話なんだよ。」

「また会おう」 そういって、ひげの中でにこっと笑って手をふる。

夕方、フランチェスコのお家事情を教えてくれた友人に、
「フランチェスコが昼間きたけど、お母さんが、疲れているっていってたよ」 報告すると、
「フランチェスコの家は、また大変なんだよ。」
新たなお家事情を教えてくれる。


”貧乏な(はずだった)おじさんの死”

「今度は、フランチェスコのお母さんの弟、つまりフランチェスコのおじさんが、亡くなったんだ。
彼の名は、サルバトーレ、でも、シチリアの方言で、”トウーリ・ウ・ビーリ” って言われてた。
サルバトーレ・ピーグロ、つまり、怠け者のサルバトーレって意味さ。

一人もので、働いていたのかも、よくわからず、
いっつも汚いかっこして、長いひげ生やしてた。
車は、古いフィアットの赤のセイチェント。
そこに、犬やら、ニワトリやら、何でものせるから、中は、くさいのなんのって。

ぼろぼろの壊れた家に住んでいて、
貧乏で、変人だったから、みんなに嫌われていた。

そのおじさんが、死んだんだ。

しばらくして、ある日、公証人が、突然兄弟、姉妹のところにやってきた。
”あなたの弟さんの遺産は、これだけですって”」

あけてみて、びっくり。貧乏なおじさんは、貧乏じゃなかった。
貧乏じゃなかったどころか、大金持ちだった!

フランチェスコのおじさんおばさんたちの間に、
おばあさんが、亡くなった時以上の騒動が沸き起こった。

誰が家をとるか、銀行のお金は、どう分けるか?

「フランチェスコのお母さんは、欲のない人だから、フランチェスコがついてあげてないと
おじさんとおばさんたちで、勝手にどんどんわけちゃうんだよ。
さらに、そのだんなや、おくさん、つまり、義理のおじさんやおばさんまで加わって、
話し合いのときには、殴り合いまでおこるんだ。」

まさに、"骨肉の争い”・・・・

骨肉とは、日本語で、血族のことをいうらしいけれど、
イタリア語にこの言葉にぴったりの訳がないのが、ふしぎなくらい。
イタリア人同士の争いこそ、まさに、「骨肉」という生々しいことばが、
ぴったりのような気がするのに。

「おじさん、壊れた家になんか住まないで、生きているうちに、
家でもきれいにして住めばよかったのにね」 ひとごとながら、そういうと、
「そういうことにお金使わなかったから、残ってたんじゃないのか?」

うむ・・・たしかに。

前に亡くなったおばあさんと、この"生きているうちは、貧乏だった”おじさんが、
「おいおい、下で、またやってるよ」
天国で、カフェでもすすりながら、高みの見物をしている姿を想像する。

唯一、日本人の私をほっとさせたのは、
おじさんが死んだあとのぼろぼろの家、
なぜか、お風呂だけは、最新式のジェットバスだったということ。

わかるよ、おじさん。
お風呂くらい、ゆっくりつかりたいもんね。

生きているうちは、貧乏だったおじさん。
生きているうちに、最新式のジェットバスにゆっくりつかっておいて、ほんとによかったね。
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by andosachi | 2008-05-09 15:47 | シチリアの生活
2008年 04月 14日

体にウイルス、コンピューターにウイルス

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大好きな色、藤色のある風景、ピアッツア・ウンベルト。
風景は春ながら、強い日差しは、初夏のシチリア。
やっとベッドから、おきだして・・・・。


普通に食べられる幸せ

シチリアに着いて、しばらくしたあと、
イタリア人とともに、ついイタリア人ペースで食べた日曜日の昼食が、もとでか、
あるいは、もともとウイルスが入ったのか、

とにかく、先週の日曜日をさかいに、
ひどい胃腸炎におそわれ、ひどい目に遭いました;)

この胃腸炎、その昔、アフリカ旅行をしたとき、
”赤痢”に、かかったのに、匹敵するほどの強さ・・・・。
まあ、イタリアの場合は、市販の薬で治ったので、よかったのですが。
アフリカのときは、あやしい医者に、”マラリア” と診断されてましたから。


つくづく、普通に食べられるって、本当にありがたいですね。
(すぐ忘れちゃうのですが)


それと同時に、パソコンにまでウイルスが入り、
これまた、すべて新しく入れなおし、一人格闘しておりました。

しかし、人間やればなんとかなるもんだ。

ということで、コメントや、メールの返事が遅くなり申し訳ありません。


でも、今は、古いものが、全部流され、
体も、心も、パソコンも、すっかり軽くなり、フレッシュになった気分です。


とりあえず、
普通に動いてくれるようになった、生身のカラダとこの複雑なキカイに感謝。
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by andosachi | 2008-04-14 05:39 | シチリアの生活
2008年 04月 03日

寝台列車

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シチリア島の玄関、メッシーナ。
ローマから出た寝台列車を、電車ごと船に乗せて海を渡ります。

朝日がなぜかエドワード・ホッパーの絵を思い出させて。
でも、窓を開ければ、あるのはNYの都会の風ではなく、
いつものごとく、おしげもなく太陽をたっぷり浴びた、
シチリアの春の風。


9時間の出会い

「ブラインド開けていいかしら?」

ローマ・テルミニ駅21時。
日本から夕方ローマに着いて、そのまま寝台列車に乗って、シチリアへ。
4人部屋の寝台車のベッドに、1人ぽつんと座っていると、
カスタード色のくしゃくしゃっとした髪をまとめた、小柄な女性が、入ってきて窓に近寄ります。

「もちろんどうぞ」 答えると、

女性は、私の前を横切り、白いブラインドをサーッと開けると、
ホームにいた、見送ってくれたらしい男性に、手振りで話す。

「もう家に帰って。大丈夫だから。帰って。」

男性は、一瞬迷ったような素振りをして、
でも、笑って彼女に手を振ると、私たちの窓の視界から、いなくなり、

「ありがとう」 私に言って、またブラインドを下ろす彼女。

なんとなく、話はじめて、聞けば、オペラの声楽の先生で、
毎週2回、ローマから、シチリアのメッシーナの音楽学校まで、
教えにいっているとのこと。

「夜、この寝台列車で行って、朝着くでしょう?
その日、日中、教えて、また夜の寝台で帰ってくるのよ」

それを週2回?ハードそう・・思ったものの、彼女は慣れているのか、
「そうでもないわ」

「日本にも、もし呼んでくれたら、ぜひ行きたいわ。
4月には、北朝鮮にも教えに行くのよ」

「北朝鮮!?」 驚く私。

「日本人が、いまだに、たくさん拉致されているんですよ」
「ドキュメンタリーで見たわ。あの国は、pazzo (きち**)よね。 
友達にも私が帰ってこなかったら探してね、って行っといたわ。」 

「まあ、でも、きっと政府が、見せたいところしか見せないでしょうからね。」 と私。
「何か聞いたり見たりしないで、おとなーしく黙ってるから、大丈夫。
大事なのは、ちゃんと支払いしてくれること。
あの国は、生徒が国の外に出られないから、先生を自分の国に呼ぶのよ。」

なるほどね。

 
なぜか、すっと自分の身の上話ができたり、
違和を感じない自然な空気を持っている人で、
もっと話たかったけれど、

実際の私のカラダは、ほとんど寝ないで、もう朝の5時。
眠さに耐え切れず、そうそうに横になる。

ふと、暗闇の中で、ごそごそ支度をする彼女の音で、目が覚める。
朝、6時。メッシーナだ。

「ボンジョルノ(おはよう)」

ベッドの上で目を覚ました私に気がついて、小声で声をかけてくれる。

電車がガタンと止まって、

「それじゃ。 あなたの幸運を祈っているわ。 何事も、強くね。」
「ありがとう。よい旅を。
くれぐれも、北朝鮮では、おとなしく静かにしていてくださいね」

ベッドからそう言うと、彼女も笑う。

そういえば、名前を聞いてなかったな。
9時間の出会いだったけれど、
そして、背中は、相変わらず痛いけれど、
寝台列車の狭い空間は、ときどき、とても暖かい余韻を残してくれる。


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         窓に張りついて海をみるスリランカ人の子供たち。

そして、メッシーナをでた直後、列車の故障で、
びくとも、動かなくなった値上がり続きのイタリアの国鉄。
遅れること1時間半、カターニアに到着。

早々に、
”イタリアのお約束”を体験して、
再び、背中をさすったのでした。

ナカナカ長い旅の終わり。
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by andosachi | 2008-04-03 00:22 | シチリアの生活
2008年 02月 04日

トレ・カスターニ、 みっつの栗の村

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           エトナ山麓の小さな村・トレ・カスターニ村。
                   海と空が交わる村。

          海と空とエトナ山が、空気のように交わるところ。


”みっつの栗”の村散歩  

何よりも散歩が大好きで、
いろんな村を歩いていました。

その中でも、一番気に入った、そして住んでみたい村、
それが、トレ・カスターニ村
イタリア語で、”みっつの栗の村”  


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村の教会。
後ろには、エトナ山

いつも大混雑の
おいしいパンやさんも、この教会の近く。


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違う教会では、この日は結婚式。
花嫁、花婿を待つ赤いじゅうたん、


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花嫁、花婿を待つお米たち、


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そして、花嫁、花婿を待つ、花束、


抜けるようなシチリアの青空のこの日、
みんなが、待ちわびるトレ・カスターニの結婚式。


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シチリアの古い家も、残っていて


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窓には、ちょっと控えめな、クリスマスのデコレーション。


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ほったらかしになって空をながめるライオンと、
苔むす石畳の鉄細工の影。


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遠くには、
シルバー色に、きらきらと
シチリアの冬の午後の太陽に反射する海


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そして、お約束。
シチリアの公園には、
お年寄りがいなくては。


シチリア風簡単お昼ごはん

おなかがすいたので、テイクアウトのお店で
お惣菜を買います。


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カリフラワーのアンチョビ蒸し
揚げたナスのトマトスース煮
カポナータ
フライドポテト
ビールと、シチリアのパン


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山に持っていってたべることに。
激しくランニングする人たちを横目に
「いただきます」


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遠くには、ベネディクト修道院があって、



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”満足お昼ごはん”を終えて行って見ると
門があいていて、中をぶらぶら。

あとで、わかったことですが、
このベネディクト修道院は、昔、過酷な環境のため、病人が続出。
のちに、カターニアの街の近くに、もうひとつ建てて、引っ越したらしい。

確かに、ここは、シチリアとはいえ、
冬は過酷な寒さでしょう。

今は、一台の車と、一匹の犬。
管理された畑。

今も使われているのでしょうか。


カフェを飲もうと、バールに行って

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おいしそうなケーキをたのむも、
上が、か、固い!中も固い !
イメージしたザッハトルテとは、大いに違っておりました。

それでも、カプチーノであったまって・・。


シンプルだけれど、
こんな散歩の一日が、
目を閉じたベッドの中で、
静かな幸せを感じさせてくれる。

空と海がひとつになったあの蒼さが
まぶたの下いっぱいに広がって。

そんな散歩日和の、みっつの栗の村でした。


        * * * * *


お知らせ


イタリアに行く前に、お世話になったKさんが、
ご自分のブログで、私のブログを紹介してくださいました。

Kさんは、おだやかな、そして信頼できるFPで、
私も留学前には、大変お世話になった方です。


よろしかったら、こちらから ↓

オフィスBLISSの雑記帳

             
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by andosachi | 2008-02-04 20:37 | シチリアの生活
2008年 02月 02日

道に迷ったら・・・・

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                「道に迷ったら、羊飼いに聞け」
           シチリアの小さな村では、そんな言葉が健在です。

シチリア物件探し、羊飼いに出会う

シチリアにいたとき、冗談半分、本気半分で、田舎の家の物件探しをしていたときがありました。
ある情報誌に、山小屋風、よさげな家を発見。

「見に行こう!」
友達の一声で、書いてあった村の名前だけを頼りに出発。
「まずは、不動産に電話してからじゃないのかな」と私。
「もう1時だから、不動産やは、4時まで昼休み、
待ってたら、暗くなっちゃうよ。絶対わかるって」

自信満々の言葉につれられて、
車に乗り込み、いざ出発。

エトナ山の大好きな小さな村をいくつか越えて、
名前のあった村に到着。

小さい村とはいえ、
住所もかいていないこの情報誌。

はて?山小屋は、どこ?

「やっぱり電話すればよかったのに~」  口まででかかったとき、

「カランカラン・・・」

どこからともなく、アルプスの少女ハイジのペーターが登場するときのような、
やわらかい鈴の音が・・。
つづいて、大量の羊たち。

「チャオ!」

田舎道を我が物顔でゆうゆうとあるく羊たちの先頭をいく、
赤ら顔の若い羊飼いに車の中から、声をかける。

「この家探しているんだけど、知ってる?」
「もちろん。」

ものすごーーい、方言で教えてくれ、
私のほうは、さっぱり。

もちろんシチリア生まれの友達とは、
わかりあえたらしく、家の場所はもちろん、
羊たちの羊牧場は、どこにあるのか、
いつ、できたばかりの、リッコッタ・チーズが、たべられるのか、まで
あっという間に情報を、仕入れます。


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羊優先道路ですから(笑)
みんな堂々、幸せそう。


そしていよいよ・・・・

羊飼いの青年の言うとおり、道を行くと、
ひっそりと、その物件は、本当にありました。


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家自体は、それほど大きくはないけれど、
敷地が、とにかく大きい。

これで、日本円にして、1300万ほど。
安いのか、高いのか?

ちょっとあやしい人たちのように、
しばらく、家のまわりをぐるぐる歩いて、見回して・・・。

太陽が、エトナ山の裏にまわり、陽が落ちると急に冷え込んでくるのがわかります。

「ほんとに見つかるとは、おもってなかったな」
きっと私の顔にそう書いてあったのかも。

「ね?みつかったでしょ?
羊飼いにきけば、全部知ってる。
道に迷ったら、羊飼いに聞けばいいのさ

ちょっと誇らしげなシチリアの友達。


今、日本で、ふと考える。

もしも人生の道にちょっと迷ったら、
やわらかい鈴の音を鳴らして、どこからともなく道をそっとおしえてくれる、
そんな羊飼いがあらわれたらいいのにな。

でも、きっと、もうすでに鈴は鳴っていて、
ときどき、聞こえなくなるだけなのかもしれません。



次回は、エトナ山の大好きな村、
トレ・カスターニ(みっつの栗の村)の紹介です。
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by andosachi | 2008-02-02 11:03 | シチリアの生活
2007年 12月 22日

さよならイタリア、さよならシチリア

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          ある晴れた日に、カターニアのビルの屋上から。
     この日は 太陽がまぶしくて、目があけられなかったシチリアの12月


まずは、シチリアを出発

今朝、12月22日、カターニア発、9時10分の飛行機にのるために、
7時前に、出発。今回は、ネットでとったブルーパノラマエアライン
持ち込み荷物の制限が、15キロまでと少なく、
気をつけていたものの、最後に詰め込んでしまった荷物で、
10キロオーバーの、25キロ。

1キロあたり、7ユーロ、70ユーロの追加金といわれ、
それじゃ、飛行機の運賃より、高い!とあせる私。

「ローマで国際線に乗って日本に帰るんです。国際線15キロじゃ少なすぎますよ」
と、無意味ないいわけをして、(自分でも、無意味をよ~くわかっている)
「手荷物は、みないことにしてあげるわ」
といわれたのをいいことに、
手荷物に詰め込む、詰め込む。

原因はすべて・・・・そう、本なんです、本!

その混乱時に、手荷物にカンノリの型を大量に、詰め込んでしまったらしく、
呼び止められ、没収か、と思いきや、無事通過。
明日、国際線に乗るときは、チーズ、カンノリの型は、
預け荷物に忘れずにいれなくては。
まあ、カンノリの型で、テロ行為ができたら、シチリアのマフィアもびっくりだ。


そして、無事ローマ到着

そして、今、ローマテルミニ駅の近くのYWCAから。
ちょうど、1年前の2006年12月25日、日本から、ローマに到着して、
やはり一泊したここ。

商店街や、観光ポイントには、きっとたくさんの人がいるのかもしれないけれど、
この界隈は、ひっそりと、静まり返り、カターニアとは、違った湿度のある冬。

この1年。

町全体が、世界遺産のようなシチリアのモディカからはじまり、、
イタリアの都会では、もはやみられなくなった
プーリアの、ペッペと、オルサラ村の人たちの、
シンプルな生活、信頼関係に基づく人間関係を心から楽しみ、

トスカーナでは、ジュリアや、だんなさんのジェラルド、
一生つきあいたい人たちとの出会い。

イタリアで出会い、知り合ってから、短いのにもかかわらず、
親身になって、相談にのってくれた日本人の素敵な友達たち。

複眼的に、物事を見ているつもりだったけれど、
やっぱり自分の生まれ育った、日本の価値観で、世界をみていることを
痛感したこのごろ。

経験が、今、よりいっそう自分を鍛えてくれました。

日本にいたころ、頭で考えていたことが、
イタリアに来て、違うな、と感じることも、多くありました。

現実を見て、
自分の中で取捨選択し、

まだ、イタリアであったいろいろなことに、
あっぷあっぷしているけれど、
少しづつ、自分の人生の一部となって、熟成されていくでしょう。

そして

来る前と、自分の中で、変化したこともあるけれど、
この夢は、やっぱりかわらない。

イタリアに日本の素敵なことを。
日本の素敵なことをイタリアに。


なぜなら、
この2つの国が、本当に、とても好きだから。


明日ローマを出発です。
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by andosachi | 2007-12-22 22:55 | シチリアの生活