イタリア料理スローフード生活

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2008年 07月 31日

ブログでなく、自分の引越しのお知らせ

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           緑の中でひっそり満足、幸せそうな椅子を見つけました


引越し


イタリアから帰ってきて1ヶ月。
いろいろなことが動いて、
新しい生活が始まることになりました。

そして、引越し。

ダンボールひとつ送って
まだ住むところも決まってないけれど、

とにかくはじまりはじまり。


この椅子のように
緑の中で、
静かに笑っていられる生活になるといいな、と思います。


そして




くろまめの里へ。


             

           ********************



しばらくメールの環境がととのわず、返信ができない可能性がありますので、
申し訳ありませんが、お急ぎの方は、
携帯のほうにお願いいたします。

・・・といっても、携帯も買ったばかりなので;)
はやいところ、番号、アドレス送ります。
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# by andosachi | 2008-07-31 08:00
2008年 07月 20日

日本に帰りました

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                  我が家の猫、たろうの家
                    ただいま、たろう。

                    家にかえりました。

出発


カターニアの空港で何の連絡もないまま遅れたイタリア国内便。
「まったくなあ」

それでも、ひとたび乗ってしまえば、

遠く、上空から見るカターニアには、
バイクの騒音も、車のクラクションも、道路にちらばるごみもなく、

ゆったりとしたエトナ山のふもとに抱かれ
穏やかな蒼い海に囲まれた
壮大な大地が、あるばかり。

窓にはりつき、めいっぱいの愛着をこめてその風景を見ていると、
飛行機の遅れなどたいしたことじゃないと、思ってしまう。

いつも海がみたくなると散歩していた
アチカステッロや、アチトレッツアが、
窓からも、はっきり見えて、

しばらくすると、ついこの間楽しんだ
リパリ島やサリーナ島も通り過ぎ、

船で、バイクで、1秒1秒あんなに大切にゆっくり楽しんだのに、
飛行機では、すべての風景があっという間に飛んでいく。

すぐ、眼下は、真っ青な海ばかりになり、

まだ、どこかで聞こえていたような気がした、
毎日通ったあの市場の、カターニア弁たっぷりの呼び声も
飛行機のプロペラの音とともに、海の彼方へ。


たくさんの幸せを受け取り、
たくさんの幸せを手放すことが、怖くて
葛藤したこともあったけれど、

「こんなに楽しんだら、あとで苦労するに違いない」
なんて、脚本を自分で勝手に書いて、
悩んでいた時期もあったけれど、

これからは、
やってくるたくさんの幸せを無条件で受け取って、
そして、両手を開いて、その幸せを手放そう、と。

執着を手放し、幸せをも手放したとき、
人には、それ以上の幸せが、やってくる。

そんなことを感じた今回のカターニアの日々でした。


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            *******************



シチリアで、感じたこと2つ。

ひとつめ。

シチリアにいたとき、パソコンとの付き合いをちょっと見直して、
「目の前にあるそのときそのときの人間関係をもっと大切にしよう」と
思いました。

携帯電話天国のイタリアですが、
シチリアの人のパソコン使用時間は、とても低いように思います。

ブログもヴァーチャルなものなのに、
自分で矛盾も感じますが、

何百万分の1の確立で、
同じ時代に同じ場所で同じ時間をすごせる。
会って、しゃべって、一緒にごはんを食べて。

目の前で一緒に笑いあえる。

シンプルで、一番わかりやすい人間関係。
それが、まず優先順位の一番にくるのは、きっと楽だし、自然。

そんな当たり前のことをあらためて感じたイタリアの生活。
どこにいても、大切にしようと思いました。


そして、もうひとつ。

旅と自然が本当に大好きだということ。
シチリアでも、自然の中を旅していました。
小さい旅もちょっと大きい旅も。

また少しずつ、その様子もお伝えできたらと思います。

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                     後ろ向きで失礼ですが


                   ”これからも、どうぞよろしく”
               
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# by andosachi | 2008-07-20 14:07 | 日本から
2008年 07月 04日

シチリアの光と影

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                シチリアの焦げ付くような太陽がつくる影模様。
                     アチレアーレの公園で。
        


ジャン・カルロ

「誰からの電話だった?」

市場からの帰り道。

まだ午前中だというのに、
容赦なく照りつける 強い日差しを
野菜やら果物やらをぶら下げた両手に、じりじりと感じながら、
携帯をきったばかりの、友達に聞く。

「アルベルトから。
ジャン・カルロが、昨日自殺した」          

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# by andosachi | 2008-07-04 10:17 | シチリアの生活
2008年 06月 18日

エオリオ諸島へ

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映画、イル・ポスティーノの島が見たいな。

友人たちと夕ごはんを食べ終わって、何気なくいったひとことに、
みんな驚くほど食らいつく。

「いついこうか?」



そしてエオリオ諸島へ

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# by andosachi | 2008-06-18 03:52 | シチリアの小さな旅
2008年 06月 05日

土に近い生活

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                オリーブオイルがなくなると
                   エトナ山の村まで。



"自分の心が喜ぶ瞬間を知っているものは、幸いである”

とは、自分でつくってときどき自分で唱える言葉。

ここ、エトナ山の村、ニコロージから
ワインやオリーブオイルを抱えて帰るときも、
心が喜ぶ瞬間。

大きな樽から、直接そそがれるワイン、オイル。
時間をかけて作ってくれた人たちとおしゃべりして、
次から次へと訪れるお客さんに、軽く挨拶して。


友達のエットレのお父さんに呼ばれて
シチリアの太陽が照りつける広い畑を一緒に歩く。

かごいっぱいに、
ズッキーニや、なすやら、トマト。

丹精こめて作られた野菜をもらって、
胸に抱えて帰る、こんなときも、

心が喜ぶ瞬間。


最近、こんな言葉に出会った。


自給自足という言葉の意味は、
"必要なものを自分で作って、満たされる"ことではなく、
"自然から給わり、足るを知る"ことじゃないだろうか。

自給自足の"自”それは、"自然とつながった自分”



ふっと心に落ちるものがあって、
”自然から給わる”なんて、素敵な日本語だな、とつくづく思った。

ふと気がつく。
自分の心が喜ぶ瞬間は、いつも土に近い距離にいるとき。

自然とつながった自分を感じられる瞬間。
そんな瞬間がたくさんある
生活が、人生が送れたらな、と思います。



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# by andosachi | 2008-06-05 15:29 | シチリアの生活
2008年 05月 28日

緑の中を歩くーネルソン提督の家

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草むらから初夏の匂いのするある晴れた日、
Maniace (マニアーチェ)の、ネルソン提督の家に行きました。

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# by andosachi | 2008-05-28 00:46 | シチリアの小さな旅
2008年 05月 20日

さよなら、ドン・ミケーレ

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                にんにくが収穫される初夏。
       きれいに編まれたたくさんのにんにくが、市場に並びます。
         
     真ん中、目をつぶっているのが、若きころの八百屋のドン・ミケーレ
    「おーい、農家から、にんにく買ってきたから、みんな編むの手伝ってくれよ!」

ドン・ミケーレ、81歳

「ドン・ミケーレが死んだよ」

日本にいたころ、シチリアの友達が、電話の最後にぼそりと付けくわえた。

すぐに、
シチリアの老人がよくかぶっている、コッポラといわれるハンチング帽をかぶり、
ジャケットをきちんときて、こじんまりと野菜が並ぶ小さな店先に椅子をだして、
その中に、すっぽり入り込むように腰をおろし、世間をながめていた、
小柄な老人の姿が浮かんだ。

それが、八百屋のドン・ミケーレ。

シチリアにきてすぐ、その八百屋にいったとき、
「だんなさんがいけませんでしたね。」
残念です、そんな気持ちを伝えたくて、店にいた奥さんに言った。

白髪に黒い服。
小柄なドン・ミケーレよりさらに小柄な体。
奥さんの目に、おどろくほどの喪失感があった。

「古いものが逝かなけりゃ、新しいものが生まれてこないからね」

表情を変えずに、ちょっと人事みたいにいう。



「長年連れそった相手が、いなくなったんだもの。当たり前だよ」

家に帰って奥さんの様子を友達に伝えると、そんなふうにいう。
60年、それ以上?毎日一緒にくらした人が
ある日から、突然いなくなるって、どんな気持ちなんだろう?


ずいぶんたってから、また野菜を買いにいったとき、
店のはしっこに、ひっそりと飾られた、この古い写真に気がついて、

「もしかして、だんなさんの若いころですか?」 聞くと
「そうよ」 と奥さん。

「古いイタリア映画みたい」 じーっと見つめて私がいうと

「映画じゃないわよ、本物よ。
正真正銘のシチリア人たちよ。」

誇らしげに、きっぱりいって、にっこり笑う。

目の奥にあったグレーの喪失感が、だいぶ薄らいでいるように感じる。

ふと思った。

こうやって、人は、喪失を、受け止めていくんだ。
魔法や近道があるわけじゃない。

時間と受容。


「もう、ずいぶん、みんないなくなっちゃったけどね」
写真を見つめながら、奥さんがいう。

ドン・ミケーレもその一人。

古いものが逝かなければ、新しいものが生まれてこない。

そんな言葉に、必然を感じながらも、
心のどこかで、

この写真のように、
太陽が夏を思わせるこの季節、

街角で、友達総出で、笑って、しゃべって、おどけながら、にんにくを編む、
ドン・ミケーレの、そんな古き時代の喪失を受け入れることに、
残念な気持ちがつきまとう。

行商から商売をはじめたドン・ミケーレが逝って、

外国資本の郊外型巨大スーパーが、
雨後のたけのこのごとく進出しているカターニア。

もう、みんなを大声で呼んで
路上でにんにくを編むことも、

「古い写真」の中だけの話に・・・。
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# by andosachi | 2008-05-20 05:51 | シチリアの生活
2008年 05月 15日

シチリアに、ジロディイタリアがやってきた

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          イタリアを横断する自転車レース、ジロディイタリア
              5年ぶりにシチリアにもやってきました。

第3タッパ(区間)は、カターニアから

弟が大の自転車好きで、
家でもよく一緒にレースのビデオを見ていました。

このジロディイタリア、
イタリア横断といっても、毎年、シチリアに来るわけではなく、
むしろ、予算やコースの都合から、シチリアにくるのは、めずらしいとのこと。

イタリアでこのレースを見たがっていた
弟のかわりに見に行くぞ、と家を出発。

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# by andosachi | 2008-05-15 02:09 | シチリアの生活
2008年 05月 09日

イタリア式骨肉の争い

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                  お金は、中立というけれど、
             人々がその上にのせる感情から生まれる騒動は、
                    イタリアも日本も同じ?
                  

          
フランチェスコの訪問


「フランチェスコは、この家を買おうと思ったんだ。
でも、親戚が欲張りで、結局断念したんだよ」

カターニアの郊外を車で通ったとき、
友達が古い一軒の家を指差して言う。

フランチェスコは、彼の古くからの親友の一人。
のんびりやでマイペース、料理上手な平和主義。

「フランチェスコのおばあさんが亡くなったとき、
この古い家も、財産のひとつとして残したんだ。

孫のフランチェスコが、買いたいっていったら、
子供たち、つまりフランチェスコのおじさんやおばさんがたちが、欲張りなやつらでさ、
相場より高い、法外な値段をフランチェスコにふっかけてきたんだよ。
だから、結局、あきらめたんだ。」


そんな話をきいた翌日、昼間一人で家にいると、
そのフランチェスコが、突然ひょっこり尋ねてきた。

「カターニアに用があって、近所に寄ったから。」
細くて、小柄な体に、バイクのヘルメットを抱え、相変わらず平和そうな笑顔。

ひとしきり、外のベンチで、近況やら、料理の話をして、少しすると、

「今から、お母さんのところに行かなくっちゃ。彼女、最近疲れているんだ。」
「なんで?」 反射的にきくと、
「うーん・・・・」 
なんていったらいいのかな?どこから説明したらいいものか、
そんなふうに、空をみあげる。

「いろんなことで?」 別に説明しなくってもいいよサインを送ると、
「うん、そう、いろんなことで。 話せば長い話なんだよ。」

「また会おう」 そういって、ひげの中でにこっと笑って手をふる。

夕方、フランチェスコのお家事情を教えてくれた友人に、
「フランチェスコが昼間きたけど、お母さんが、疲れているっていってたよ」 報告すると、
「フランチェスコの家は、また大変なんだよ。」
新たなお家事情を教えてくれる。


”貧乏な(はずだった)おじさんの死”

「今度は、フランチェスコのお母さんの弟、つまりフランチェスコのおじさんが、亡くなったんだ。
彼の名は、サルバトーレ、でも、シチリアの方言で、”トウーリ・ウ・ビーリ” って言われてた。
サルバトーレ・ピーグロ、つまり、怠け者のサルバトーレって意味さ。

一人もので、働いていたのかも、よくわからず、
いっつも汚いかっこして、長いひげ生やしてた。
車は、古いフィアットの赤のセイチェント。
そこに、犬やら、ニワトリやら、何でものせるから、中は、くさいのなんのって。

ぼろぼろの壊れた家に住んでいて、
貧乏で、変人だったから、みんなに嫌われていた。

そのおじさんが、死んだんだ。

しばらくして、ある日、公証人が、突然兄弟、姉妹のところにやってきた。
”あなたの弟さんの遺産は、これだけですって”」

あけてみて、びっくり。貧乏なおじさんは、貧乏じゃなかった。
貧乏じゃなかったどころか、大金持ちだった!

フランチェスコのおじさんおばさんたちの間に、
おばあさんが、亡くなった時以上の騒動が沸き起こった。

誰が家をとるか、銀行のお金は、どう分けるか?

「フランチェスコのお母さんは、欲のない人だから、フランチェスコがついてあげてないと
おじさんとおばさんたちで、勝手にどんどんわけちゃうんだよ。
さらに、そのだんなや、おくさん、つまり、義理のおじさんやおばさんまで加わって、
話し合いのときには、殴り合いまでおこるんだ。」

まさに、"骨肉の争い”・・・・

骨肉とは、日本語で、血族のことをいうらしいけれど、
イタリア語にこの言葉にぴったりの訳がないのが、ふしぎなくらい。
イタリア人同士の争いこそ、まさに、「骨肉」という生々しいことばが、
ぴったりのような気がするのに。

「おじさん、壊れた家になんか住まないで、生きているうちに、
家でもきれいにして住めばよかったのにね」 ひとごとながら、そういうと、
「そういうことにお金使わなかったから、残ってたんじゃないのか?」

うむ・・・たしかに。

前に亡くなったおばあさんと、この"生きているうちは、貧乏だった”おじさんが、
「おいおい、下で、またやってるよ」
天国で、カフェでもすすりながら、高みの見物をしている姿を想像する。

唯一、日本人の私をほっとさせたのは、
おじさんが死んだあとのぼろぼろの家、
なぜか、お風呂だけは、最新式のジェットバスだったということ。

わかるよ、おじさん。
お風呂くらい、ゆっくりつかりたいもんね。

生きているうちは、貧乏だったおじさん。
生きているうちに、最新式のジェットバスにゆっくりつかっておいて、ほんとによかったね。
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# by andosachi | 2008-05-09 15:47 | シチリアの生活
2008年 04月 26日

新しいブログを作りました

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お知らせ

車の運転をするときは、複雑な会話はできない。
本を読んでいるとき、音楽は一緒に聴けない。
市場にいったら、目の前のものに集中して、なにを買いにきたかすぐ忘れる。

そんなしわの少ない脳みそなので(?関係ない?)
新しく、料理だけのブログを作りました。

イラストと写真で、イタリアの料理をご紹介します。

こちらのブログも引き続き、
更新する予定なので、これからもどうぞ、時々遊びにきてください。

新しいブログは、こちらです↓

イタリアの台所から

どうぞ、よろしくお願いします。
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# by andosachi | 2008-04-26 07:50 | お知らせ