イタリア料理スローフード生活

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2008年 07月 04日

シチリアの光と影

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                シチリアの焦げ付くような太陽がつくる影模様。
                     アチレアーレの公園で。
        


ジャン・カルロ

「誰からの電話だった?」

市場からの帰り道。

まだ午前中だというのに、
容赦なく照りつける 強い日差しを
野菜やら果物やらをぶら下げた両手に、じりじりと感じながら、
携帯をきったばかりの、友達に聞く。

「アルベルトから。
ジャン・カルロが、昨日自殺した」          



ジャン・カルロは、私たちの親友、エットレの甥っ子で、まだ25歳。

すぐに、絵にかいたような、平和で幸せそうな
エットレ一族の、緑に囲まれた広大な敷地が
目の前に浮かんだ。

その幸せなイメージと自殺という強い言葉が、うまくかみ合わなくて、
いったいどこの家の話だろう?と、一瞬ぼんやりする。


エットレ一家

エットレのお父さんは、
その昔、まだそこが、カターニアのとんでもないはずれの郊外だったころ、
広い土地を買っておいた。

3人の子供が結婚して、孫も生まれて、
それぞれ、その敷地内に、家をたて、
去年、エットレが、最後に引っ越してきて、最近、ようやくすべてが落ち着いた。

エットレの誕生パーティーで会ってから、
初対面なのに、違和感なくすっと受け入れてくれる、
その感じのよさにすっかり惹きこまれたエットレのお母さん。

ふくよかな料理上手のイタリアのマンマのイメージそのままで、
そのふくよかさゆえ(?) 最近ひざをいため、
手術して、杖をつきながらも、病院からわが家に帰れたことが、とてもうれしそうだった。

一昔前の頑固者シチリア人というエットレのお父さん。
私が、お父さんにもらった野菜を抱えながら、太陽いっぱいの畑から一緒に、家に帰ると

台所で、杖をつきながら、お昼ごはんを用意し終わったお母さんが
冷たいお水を出してくれる。

「最後にエットレの引越しが終わって、
みんなここに落ち着きましたね。
息子さんや娘さん、たくさんのお孫さんもみんな近くにいて、
お父さんとお母さんも、やっと安心ですね。」

「そうね、やっとね」

満足そうに、静かに笑う。


ジャン・カルロの死をきいたとき、お母さんとのこの会話がすぐに頭に浮かんだ。

「そうね、やっとね」

あの太陽いっぱいの1点の曇りもなさそうなあの緑の敷地の中に、
ある日突然舞い降りた予期しない黒い影。

年とったお母さんは、どうやって、若い孫の死を聞いただろう?

そして、ティッティ。
エットレのお姉さんで、ジャン・カルロのお母さん。
東洋文化にも、造詣が深くて、穏やかな人。


電話を受けたその日、友達はエットレの家にいくと、
エットレ一族の敷地の中は、大混乱。
ともかく友人たちと、お花の相談をして夜遅く帰ってきた。


「死ぬ前、

ジャン・カルロは、つきあっていた彼女に携帯でメールを送ったんだ。
今自殺するって。

驚いた彼女が、ジャン・カルロの弟に電話して、
弟が、おじさんのエットレに電話して。

3人で林に駆けつけたときは、ジャン・カルロは、もう死んでいたんだ。」

それだけ言うと、ぐったり疲れて、夕飯もあまり食べずに眠ってしまった。
ジャン・カルロは、どうして、死んでしまったんだろう?
それには、答えられないまま。


お葬式


翌日、午後4時とはいえ、シチリアの明るい夏の日差しは、とても強くて
お葬式は、とても暑かった。

サン・ジョバンニ・プンタの大きな教会の前に、
驚くほどたくさんの若い人たちが集まっていたのが、
ジャン・カルロの年齢を、改めて、思い出させた。

外の日差しとはうらはらに、ひんやりとした教会の中にいると、
うつろな目をして、憔悴しきって、
すっかり表情がかわってしまったエットレのお母さんに会った。

退院できてうれしそうに、響いていたあの杖は、
今は、よたよたした体を支える、よわよわしい杖に変わっていた。

司祭の説教が始まると、
「何いってるんだか!」 友達が、軽く悪態をついて、
「外にでよう」 という。

そういえば、映画「息子の部屋」で、
ナンニ・モレッティが、同じように司祭の説教に悪態をつくシーンがあったっけ。

万人向けに死を語る表面的な説教と、
個人を知るその死の悲しみの深さは、どうしてもかみ合わないのかもしれない。


目をほそめて、まぶしい外にでると、
なんと、そこには、私の友達の知り合いがいっぱい。
「中は、暑いから」「タバコ吸いに」

「お葬式なのに中にいなくていいのかな」

私がそんな顔して立っていたのか、フランチェスコが、やってきて、
「どうも、ぼくたちは、みんなあまり熱心なカトリック信者じゃないからね。
そういうヒトたちが、ここにあつまっちゃっているわけさ」

道路をはさんだ歩道に、やはり友達のマリオがぽつんと一人で座っていた。
蜂と鳥を育てて、山の中で暮らしている独り者のマリオ。
ジャン・カルロは死ぬ数日前に、マリオのところを訪れていた。

仏教にも興味があって、すいこまれそうな空色の瞳の思慮深いマリオ。
そんなマリオのところに、話にいきたくなったのは、なんだかわかるようなきがする。
たとえ、年齢は、ジャン・カルロの倍近かったとしても。

でも、マリオでさえ、その死は止められなかった。
マリオでさえ、理由は、わからない。




棺を抱えて

教会の鐘が、町の中心の広場に鳴り響いて
立派な棺を重そうにかかえた男の人たちが出てきた。

カンフーをやっているものすごく体格のいいジャン・カルロの弟が、
まったく涙も見せず、驚くほどしっかりした態度で、一番前で、堂々と兄の棺を抱えていた。

その後ろには、涙顔のまだ14歳くらいの小さな妹。

そして、号泣して教会の階段を下りてきたジャン・カルロのお母さん、ティッティ。
親しい何人かの人が抱きしめて、それでも、泣き続けるお母さん。

うしろには、ばくちに手をだして、
急に性格が変わって離婚してしまった、小さなお父さんが弱々しく歩いていた。

今日、急に、大人の男にならざるを得なかったジャン・カルロの弟の
即席のたのもしさを理解する。


「きみも、ティッティを抱きしめにいってあげなよ。
ここは、イタリアなんだから、そうしてあげるのがいいんだよ」

友達にそういわれたものの、
ティッティの深い悲しみを受け止める勇気がなくて、
頭では、ここの習慣に従って、抱きしめてあげるのが、いいのは、わかっていたけれど、
どうしても、体が動かず、ただ遠くから、ティッティのことを見守るのが精一杯だった。


結局、用意された白いぴかぴかの霊柩車を使わず、
親しい人たちで、棺を抱え、歩いて10分ほどの、墓地まで。

「ジャン・カルロは、決して大柄ではなかったのに、
棺はとっても重たかった。」

あとで、棺を抱えた友達が
棺が食い込んだ肩をさすりさすり、ぽつりという。

でも、ここに、こうして、ジャン・カルロの名残が少しでもあって、
よかったよ、とでもいうように肩をさすって。


ジャン・カルロの棺は、縦に長いロッカーのような墓に入れられて
職人がやってきて、みんなの前で、しっかりと、入り口をコンクリで、塗り固める。

時間をかけて、本当にしっかりと、密閉してしまう。
やわらかいコンクリを、シャーッ、シャーッ、と、こてで塗り固める音だけが、
太陽いっぱいの墓地に響く。

火葬の習慣に慣れている私だけ、
あんな暗いところに、生きていたときの姿そのままで入れられて、
少しずつ朽ち果てていく若いジャン・カルロがかわいそうだな、なんて、
思っているに違いない。

墓地の入り口で、エットレのお父さんに会った。

「若い人に聞く。
なぜジャン・カルロは、死んだんだ?若い人なら、わかるかもしれんからな。」

いつもの通り、お腹の底からでる大声で
まっすぐ私の目を見つめて問い詰める。

「なぜなんだ?いったいなぜ?」

やさしい家族に囲まれて、素敵な家もあって、
定職もあって、彼女もいて、健康な体を持ち、そして、まだ25歳。

「なぜなんだ?」
問い続けるお父さん。

「わかりません。誰もわからないんです。」
そう答えるしかない私。

もしかしたら、ジャン・カルロ自身も答えられなかったのでは。
お父さんの前で、言葉にはしなかったけれど、
お葬式のあいだ中、そんな気がしてた。



毎朝、起きるとすぐに、
玄関のドアをあけて、まず空を眺める。

小さい子供が、青いそらを描きなさい、といわれて
いわれたままに、無邪気に、何も考えず、空色の絵の具ですーっと塗ったような、
何のくもりもない、シチリアのすこーんと抜けるよう青い空。

そして、朝の汚れのない、からっとした、シチリアの空気を吸い込んで、
これだけで、幸せな気持ちになる。


でも、あの日 1本のロープを手に、
林に向かったジャン・カルロの目には、

こんな空の青さも、
空気の匂いも、感じられなかったんだろうな。


もっと生きるべきだった、とは言えないけれど、

あと、1年、あと半年、あと1ヶ月・・・・・あと、もう1日
"死なないでいて” 欲しかったなと思う。

生きる意味が見つからなくても、
死なないでいたらな。


死は生の対極としてではなく、その一部として存在している



小説のことばを、
シチリアでも、思い出すことになるとは。


みんなに愛されていたジャン・カルロ。

今は、きっと

若い肩にしょっていた、私たちには見えなかった重荷から開放されて、
やっと天国で、
シチリアの青い空を楽しめるようになったかもしれません。

「ああ、本当は、こんなにきれいだったんだ!」って。
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by andosachi | 2008-07-04 10:17 | シチリアの生活


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